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吉田修一『女たちは二度遊ぶ』〜愛されるより、忘れられない女になる〜

男も、女も、ふとしたときに昔の人のことを思い出すことがあると思う。

その"思い出"は好きの度合いや、付き合いの長さとは関係がなかったりするのが面白い。いつもどおり一緒にいたときに何気なく言っていたひと言だったり、動作だったりする。物憂げな視線かもしれない。一緒に聴いていた音楽かもしれない。

そういったものが妙に心に残っていて、ふとしたきっかけで胸のなかでせり上がってくる。そういった類の思い出。


この小説は吉田修一がそれをテーマに書いた、11人の男がそれぞれ関わった女の人のことを語る短編集。

この小説は不思議な質感を持っていて、男の目線から書かれているにも関わらず「ああ、女の人ってそういうところがある」という妙な説得力がある。おそらく女の人が読んでも「この人は女のことがわかっている」と思うんじゃないだろうか。(あとがきを寄せている女性編集者もそのようなことを書いている)


たとえばナンパをして家に連れ込んだ女の子を家に住まわせることになる『どしゃぶりの女』。本当に何もしなかった彼女のそのときの心情が最後の最後にあるきっかけで分かることになる。

よく泣く彼女が激情を押し殺しながらシチューを煮ているシーン。(『泣かない女』)

忘れられない元カノと寄りを戻して、大好きでいてくれた彼女に別たいと告げるとき。彼女が言う「私が、こんな男となんて別れてよかったって思えるくらい。イヤなことしてよ」(『平日公休の女』)


ひとつひとつは自分が経験していないはずなのに、どこかで体験したような感覚がよみがえってくる。吉田修一が「初めて何かを思い出そうとして書いた作品」と語るように、私小説的な成分があるのだと思う。


この小説の面白さに一役を買ってるのは男の行動だ。

『どしゃぶりの女』では彼女への気持ちが盛り上がってくるにつれて主人公はある行動に出る。そして、最後に「自分が今まで女にされてきて一番嫌だった」ことを思いが募るあまりにしてしまっていたことに気づく。『泣かない女』では格好をつけて体裁をつくろいながらもどうしていいか分からない男の感情がありありと伝わってくる。『平日公休の女』での本当に最低な行動で、それがゆえものすごい優しさを感じさせる「イヤなこと」。見事だと思う。

忘れられない女の条件は正直わからない。たぶん狙ってやれることじゃないし、現在進行形で愛して愛される方がきっと幸せだろう。でも、そこに収まりきらない恋愛はこういったかたちで表出するのだと思うし、それを見事にすくいあげた小説がこれなのだと思う。

大失恋のような深い傷ではなく、かと言って忘れたいどうでもいいものではない、そういったハンパな思い出を愛でる気持ちで読める小説です。


文中であげた短編たちはすべて大好きです。あと『自己破産の女』とか。ただ、正直なところ素晴らしい短編もあれば、肩すかしのような短編もあります。吉田修一は大げさなヤマもオチもないので、当たり外れがどうしても大きい印象です。俺は大好きなのですが。あと、この作品に関しては面白いと思う短編は読み手が何となく感情移入できるものに依存するのかもしれません。※Kindle版あり


"愛されるより、忘れられない女になる"というキャッチコピーがつけられた映像化作品。俺は小説のほうが好きでしたが、良いキャストで再現されているのは見ごたえがありました。水川あさみは相変わらずキレイだったし、いつもはそんなに興味ない相武紗季もメチャクチャ可愛かったし。気楽に観るのに良い作品なんじゃないでしょうか。